僕がどんなに君を好きか、君は知らない


僕がシンジ君を迎えに行くと、シンジ君は一人、校門の前で待っていた。

随分と長い間そうしていたのかも知れない。

俯いて、つま先を見詰めているシンジ君は、とても頼りが無かった。

そんな姿を見ていると、訳もなく悲しくなる。

僕はシンジ君の名前を呼ぶ。

僕に気が付いたシンジ君は顔を上げ、嬉しそうに笑うと

まるで、仔犬のように走り寄ってきた。





笑えるのなら大丈夫だね。

今日は、無事に終えたんだ。





遅くなってごめんね。

でも、どんなに急いでも、シンジ君より早くここに来ることは出来ない。

同じ学校に通えなくても、せめてもう少し君の近くにいられたなら良かった。





僕はシンジ君の手を握る。

おかしいかな?

僕たちは男同士だし、こんなに大きい。

けれど、シンジ君は笑っている。

繋いだ僕の手を強く握り返してきた。

シンジ君が気にしないのなら、他の誰かがどう思っても構わないね。

手を繋いで帰ろう。

少しでも、シンジ君が喜ぶことを僕はしたい。

僕は、こんなにもシンジ君が好きだ。

シンジ君も、僕が好きだよね?











学校はどうだった?

クラスの人達とは仲良くなれそうかい?

担任の先生は、怖い人?

勉強は難しい?

僕はシンジ君を質問攻めにする。

きっと、多分毎日通えるよ、先生は年を取った人で、

クラスの人達はまだ良く分からない、そうシンジ君は言う。

良かった、嫌な思いはしなかったんだ。

でも、勉強は難しいよ、と付け加えた。

心配しないで、僕が一緒に勉強するよ。

きっと、シンジ君の力になれるはずだから。





こうして二人で、一緒の場所に帰れることは嬉しい。












僕たちは、常に二人で過ごしている。

それは、寝るときですらも。

離れているのは、学校に行っているときだけと言っても良いほどに。

さすがに、朝はシンジ君の学校までは付いてはいけなかったけれど

帰りは必ず、シンジ君を迎えに行った。

シンジ君はきまって、僕を校門の前で待っている。

僕は笑顔で待っているシンジ君を見ると安心した。








そんな日々が続いて、シンジ君も次第にこの生活に慣れて来たようだ。

気が付けば会話の中に、クラスメイトの名前が挙がるようになっていた。

僕はシンジ君の話を聞きながら、学校で無事に過ごしていることを

喜んでいる反面、何か不安も感じていた。

不安は何処から来るものなのか、まるで分からない。

そして、それは少しずつ僕の胸の中に堆積していった。




僕の隣で、シンジ君が笑う。

けれど、彼の口から語られる話しは皆、僕の知らない事ばかり。

僕の知らない人。

僕の知らない先生。

僕の知らない会話。

僕の知らない、楽しいこと。

少しずつ、シンジ君は僕の手を借りなくても平気になってゆく。

僕は、一体どうしたんだろう?

もっと、それを喜んでいいはずなのに。

僕の心は、沈んでゆく一方だ。








気が付けば、シンジ君の会話の中にやけに親しげに呼ばれる名前が

在ることに気づく。

彼らとは随分仲が良いんだ?

今日、僕が迎えに行くと、シンジ君は友人と三人でいた。

彼らは、シンジ君に付きあって一緒に待っていたんだ。

シンジ君が僕以外の人にも、あんな親しげな笑顔を見せているなんて

知らなかった。

でも、それで当たり前なんだ。

分かっている。

きっと、僕から言った方が良いんだろう。

もう、帰りに迎えに行かなくても大丈夫だね。

シンジ君は友達と帰っておいでよ。

そう、笑って言ってあげれば。

僕は何度か、それを言おうとして飲み込んだ。

どうしてだろう?

その一言が、素直に言えない。

僕は、だんだん辛くなっていた。

自分の中のこの澱をどうすることも出来ないまま

僕はシンジ君と接していた。




シンジ君が僕の部屋にやって来る。

どこか、ぼんやりと曇った寒い日曜日。

買い物に行こうよと、シンジ君は僕を誘った。

いつもだったら、僕はシンジ君と出掛けていただろう。

シンジ君を一人で出掛けさせるなど、とても考えられない。

けれど、僕の口から出た言葉は、自分でも驚くものだった。

一人で行ってくればいいよ。

もう一人で行けるだろう?

僕だっていつもシンジ君といられる訳じゃない。

僕がそう言うと、シンジ君は少し驚いたような顔をした。

そして、悲しそうに俯くと、ごめんねと小さく言い、

静かに部屋を出ていってしまった。

ドアの閉まる音が、背後で響く。

階段を降りてゆく足音。






僕は胸が痛んだ。

後悔しても、もう遅い。

自分の発した言葉が、自分を傷つける。

あれ程、シンジ君を傷つけないと誓ったはずなのに。

そう決めた自分自身が、シンジ君にあんな顔をさせてしまった。

でも、どうしようもなかったんだ。

僕にあんな言葉を吐かせた感情の正体は、もう分かっていた。

嫉妬だ。

僕の下らない嫉妬や独占欲が、シンジ君を傷付けてしまう。

少しずつ、シンジ君が僕の手を借りなくても大丈夫になって行く度に

僕は不安になっていた。

やがて、シンジ君が僕を必要としなくなる日が来るのではないかと。




シンジ君の悲しげな瞳が僕を責めている。





心が痛い。

自分自身が悲しくて、仕方がない。

僕がシンジ君を好きな気持ちは本物で、これ以上ないくらい大切に

想っているはずなのに。

今の僕の好きだという気持ちは、シンジ君を傷付ける事しか出来ないのだ。

自分勝手な感情。

自己嫌悪。

こんな気持ちでは、シンジ君を追うことが出来ない。






僕は机に俯せた。

シンジ君のことを考えてみる。

そういえば、僕はシンジ君を抱くけれど、シンジ君から

そうして欲しいと言ったことはなかった。

シンジ君は本当は嫌だったのかも知れない。

何も言わないことを、僕は自分の都合のいいように解釈していたのか。

僕は、一体シンジ君とどういう関係になりたいのだろう。

好きだから重なり合いたかった。

でも、それは僕のエゴ?

体を重ねる以外の方法で、お互いを補うことは出来なかったのかな?

いや、僕ばかりがその行為に溺れていたのなら、

お互いに補っていたとはいえないか・・・・

シンジ君にとって、僕は一体何だろう。

僕にとってのシンジ君は、他の誰でもいい訳ではなく

シンジ君でなければ絶対に駄目だけれど

シンジ君にとっての僕は、他の誰でも良かったのではないだろうか。

たまたま、僕が一番側にいただけで。

これから先、シンジ君が世の中に慣れて、色々な人と出会えば

僕以上に心を寄せる誰かが現れてしまうかも知れない。






僕がこれ程好きなのに?





ちゃんと約束したはずだった。

僕を愛してくれなければ駄目だよと。

でも愛するって一体どういう事なのだろう。

どんな形を、愛と呼べるのだろう。



僕は、心の中に深い淵を見たような気がした。







電話のベルが聞こえる。

僕の考えは妨げられた。

母さんが出るのを待ってみたが、誰も出る気配が無い。

いつの間にか、母さんは出掛けたらしい。

僕は電話を無視していたが、何時までも、鳴り止ま無い。

仕方なく、僕は重い腰をあげ、電話に出る。

誰だか知らないけれど、僕の思考を中断させた罪は重いよ。

不機嫌な調子を隠さぬままに、応える。





もしもし



え・・・・警察・・・・?




僕は思わず、受話器を取り落としそうになった。






シンジ君が・・・・・?





後は相手が何を話しているのか、まるで頭に入ってこなかった。

ほんの先刻、僕の部屋から出ていったシンジ君が

事故に遭っただって?

僕は頭から血が下がって行くのをはっきりと感じた。








僕の所為だ。

僕がいけないんだ。









どうしたらいいんだろう?

今にもしゃがみ込んでしまいそうな、自分を何とか支える。

とにかく、シンジ君の処へ行かなければ。






家を飛びだした時に、丁度母さんが戻ってきた。

慌てている僕を見て、母さんは頚を傾げる。

事情を話すよう言われ、僕はシンジ君が事故に遭った旨を説明した。

僕は、自分が感じている以上に動揺していたらしい。

母さんは何時に無く厳しい表情で

落着きなさいと、はっきりと言った。








母さんはすぐに車を出し、僕たちはシンジ君が運ばれた病院に向かった。



僕の所為だ・・・・

僕があんなことを言わなければ、もっとちゃんとしてれば・・・

そんな思いばかりが頭を巡り、それ以外のことは考えられなくなっている。

思わず僕は口走った。

母さん、シンジ君が事故に遭ったのは僕の所為なんだ・・・

母さんは、ちらりと僕に視線を向ける。

これは事故なのよ。

違う、僕がシンジ君に酷いことをいったんだ。

だから、僕の所為なんだ・・・・・

・・・・そう、

母さんはそれ以上、否定してはくれなかった。

僕は俯いて、自分の指先を見詰める。

そうだ、シンジ君はやっと楽しいことを知り始めたばかりなのに。

これから、色んなことを知って、見て、・・・・





大切なのは、自分がしてしまったことを後悔するのではなくて

間違った方向をどう変えられるかなのよ。






母さんは、前を見たまま僕に言った。






そうだね、

まだ、今からだって遅くは無い。













僕と母さんが病院に着くと、シンジ君は警官に付き添われ処置室にいた。

警官は、母に事情の説明をする。







シンジ君・・・・・



シンジ君は手首と足に包帯を巻かれ、椅子に座っている。

そして、僕を見上げ、ごめんなさいと言った。

僕はシンジ君の思ったよりも無事な姿を見て

気が抜けたように立ち尽くした。





シンジ君、心配したよ・・・・ほんとに・・・

でも、大したことなくて良かった・・・・

後はもう、何も言えなかった。

目の前がぼやけてしまって、シンジ君の顔が良く見えない。

ごめんなさい、カヲル君・・・・ごめんなさい・・・・

シンジ君は何度も謝っている。

でも、本当に謝らなければならないのは僕の方だ。

ごめんね、シンジ君

だから、もう一度僕の話を聞いてくれる?


笑ったつもりだったけれど、僕は迂闊にも泪を零してしまった。










つまりはこういうことだった。


シンジ君は一人で出掛け、その途中で事故に遭った。

十字路での、接触だったそうだ。

幸いドライヴァーは、一時停止を守っていたのでシンジ君の怪我は

大したことが無くて済んだ。

怪我の殆どは、車との接触に因るものよりも転倒した時に

負ったものだったらしい。

電話に出たときに僕は、事故と言う言葉に動揺してしまい

話しを最後まで聞いていなかった。

今となっては、笑い話だけれど。







あんなに、取り乱したカヲルさんを見たのは初めてよ


それは、帰りの車の中、母さんに言われた言葉だ。

僕はその時の自分を良く覚えていない。

隣に座っているシンジ君が、僕を見た。

心配してくれて、ありがとう・・・





一つだけ、何となく分かったことがある。

僕たちはきっと、これからも今までと変わりなく過ごして

悲しいことや、嬉しいことや、もっと色々なことを重ねてゆくのだろう。

そうしてゆくうちに、僕もシンジ君も少しずつ変わってゆく。

それは、避けては通れないこと。

いつまでもシンジ君が、僕のそばで笑っていてくれたら嬉しいけれど。

その瞳に、僕を映して笑っているシンジ君を見ていたいけれど。



でも、ずっと変わらないこともある。

シンジ君が好きで、とても大切に想っている僕の気持ち。

だから僕は、シンジ君が幸せで元気で笑っていてくれさえすれば

それで、構わない。

今度こそちゃんと言おう、僕から。

嫉妬や独占欲なんかではなく。

これからは、友達と帰って来ればいいよ。

その方が、きっといい。

僕とは毎日、何時だって会えるんだから。

そして、僕たちはもっと色々な話をしよう。

僕は今までよりももっと、沢山のシンジ君を知りたい。

きっと、もっともっとシンジ君を好きになる。


過去よりも今を、今よりも明日を僕たちは歩いてゆくんだ。



いつも・・・・








END



あとがき

な、なんとか終わらせました。
書いている途中で、自分でも分けわからんくなってしまいまして・・・
いつものことか・・・
ようは未熟者ということですな・・・(^^;)
ちょっと、カヲル君がへんな少年になってしまっていて、反省です。
なんかちが〜う〜でも、今更やめられないしな〜どうしよっかな〜などと
考えながらかいてしまいました。(;;)
なまら、変だべや〜と思った方、どうぞお許しをm(--)m


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